【AV女優】森下くるみ

女優

プロフィール

  • 生年月日:1980年3月4日
  • 出身地:秋田県秋田市
  • 血液型:AB型
  • 身長:164cm
  • スリーサイズ:85-60-89(Cカップ)
  • まんこ形状・色:無修正・流出作品が無いため不明
    女性器の形・大きさ
  • 初体験:1997年8月3日〜6日

経歴

1998年9月18日 18才の時にソフト・オン・デマンドよりデビュー。

当時セルビデオ業界で一番勢いのあったソフト・オン・デマンド(SOD)と、異例の12本専属契約を結び話題になった。(ちなみにSODが大赤字を記録した『地上20メートル空中ファック』は1996年制作)

その後56本ものAVに出演し、デビューから10年間大人気女優としてAV界に君臨。

その56本の出演作のうち、実に40本で監督を務めているのがデビュー作の監督であり、AV女優「森下くるみ」の名づけ親であるTOHJIRO。

TOHJIROは、もともと映画の世界に身を置いていたがある事情で借金を抱えており、知人の紹介でAV作品を作成するようになっていた。

TOHJIROとの出会い

森下くるみは工業高校を卒業し秋田県外のガソリンスタンドに就職する予定でしたが、ひょんなことから東京の会社に就職が決まり上京。

上京し半年を迎えるころ、朝7時に出勤しゴミ出しをして一日レジを打つ仕事をしていて、こんな仕事が一生続くのかと絶望していた森下くるみの前に、胡散臭いおっさんが現れ声をかける。

「ちょっと、スミマセン」

森下くるみは立ち止まりおっさんの話を聞く。案の定胡散臭い話だがそのまま家に帰っても退屈なのでその場に長居をするが、そこでふと「これを機に会社を辞めれるかも」と思い、後日事務所の社長と会う約束を交わす。

後日、腰の低い社長と会いメーカーとの面接の予定を立てる。

この時点では森下くるみの事務所は決まったが、肝心のAVを撮るメーカーが決まっていなかった。

事務所が用意してくれたメーカーに面接に行くが、あまり乗り気でない森下くるみは質問されても気のない返事を繰り返すばかり・・・。

流石にそんな女の子に仕事があるはずもなく、面接を受けた2社とも不採用。そんな中3社目に受けた会社で「森下くるみ」のAV人生が回りだします

3社目に受けたのはTOHJIRO監督が事務所にしているとあるビルの3F。森下くるみはTOHJIRO監督の質問に、1・2社目と同じく気のない返答を繰り返す。

しかし、TOHJIRO監督はそんな森下くるみの様子も気にせず、特に取り留めもない会話をしていた。そんなTOHJIRO監督に「自分を取り繕う必要のない空気」を感じ取ったくるみは「この人と仕事をしてみたいな」と感じる。

TOHJIRO監督は森下くるみをじっと見て

「もりした・・・・・・くるみ」

「名前が飛んできたんだよ。お前の顔見てたら、森下ってすぐ出てきて、くるみだっ、て思った」

なんと、「森下くるみ」の名付け親はTOHJIRO監督で、しかも初対面の時に思いついた名前だったのです。

その後、TOHJIRO監督が当時世話になっていたソフト・オン・デマンドで異例の12本の出演契約を結ぶこととなる。

初撮影

ソフト・オン・デマンドでの専属契約が決まり、早速初撮影。場所は北海道の富良野。現在のAVでは異例の5日間をかけて撮影を行う。

しかし、森下くるみはまだ会社に勤めており「5日間」の時間を作る事は難しい。そこで出した結論は「退職」

森下くるみは新卒で入社した会社をさっさと退職し、AVの道へ進むことになった。しかしこの決断も特に「これから私はAVの業界で生きていく!!」みたいな決意があるわけではなく「じゃあ 辞めちゃおっ」ってくらいの軽い気持ちだったようです。

パッケージの写真は本人曰く

実にぎこちない、光が眩しくてちゃんと目が開けられないまま撮った、中途半端な笑顔で飾られたパッケージ

それもそのはず、TOHJIRO監督は特に指示を与えずありのままの森下くるみの撮影を行っており、カラミは一回。しかも喘ぎ声すら上げていないビデオに仕上がっていて、そのカラミの様子を見たスタッフの一人が

「オホーツク海で獲れた、巨大冷凍マグロのようだったよ」

大人気AV女優「森下くるみ」はここから始まります。

「AV女優・森下くるみ」として実家へ

AV女優として活動を始め半年が過ぎたころ、TOHJIRO監督が

「お母さんと弟さんのインタビュー撮りたいんだけど、出てくれないかな」

と尋ねられ「多分大丈夫ですよ」と気軽に答える森下くるみ。

母親に連絡すると拒否されるわけでもなく

「撮影?うちで?あらやだ。家の中が汚いから、掃除しないと・・・・。え?で、いつ帰ってくるの?撮影って大勢なの?家は狭いからって言っておきなさいよ」

と能天気な反応。

森下くるみ一行は車で故郷である秋田に向かい、実家を訪ねて撮影を行う。

驚きなのは、お母さん、弟さんともにノーモザイク。ふっくらと可愛らしいお母さんと森下くるみに似た切れ長の目をしたイケメンの弟さんが怪しげな雰囲気をまとったTOHJIRO監督にカメラを向けられインタビューを受けています。

その後、森下くるみが学生時代に利用したラブホテルでのカラミを行い、高校生当時の友達にも会って話を聞くなど(こちらもモザイク無)今では考えられないような演出です。

最後にTOHJIRO監督に今後の目標を聞かれた森下くるみは

「目標っていうか・・・こうなりたいってのはあって・・・かぁさんみたいな人になりたい」

その答えに実際に母親と会ったTOHJIRO監督は

「なかなかなれないよ。お前の母さんみたいな人には」

やはりTOHJIRO監督は映画畑の人なので、ちょっとしたドキュメンタリー作品に仕上がっています。

森下くるみの生い立ち

森下くるみは秋田県で父・母・弟の四人家族で、トタン屋根でぼっとん便所のボロ借家に住んでいた。

父は酒乱で「殴る」「蹴る」は当たり前、物心ついた時からの記憶は父親と母親が喧嘩している風景ばかり。そんな父親におびえる日々を過ごしていました。

毎晩のように飲み歩き、給料日になってもお金を入れず、問いただすと逆切れ。

あまりにひどい父親だったので、森下くるみは弟と夜な夜な「殺害計画」を立てていたようです。

そんな父親の元で育ち年頃になった森下くるみは、できるだけ「女」を出さないように意識するようになります。理由は「酒乱」の父親にいつ性的虐待を受けるかわからないからです。

父親の顔色ばかりうかがって過ごしていた森下くるみは、いつしか自分の感情を表現することが苦手な女の子になっていきます。

ゴットハンド「加藤鷹」との出会い

AV業界には暗黙の了解があって、俺がこうやったら女優はこう返すみたいなのがあるけど、俺がこんだけやってもうんともすんとも言わない奴はいなかった

俺が一生懸命やっても森下くるみの反応は「別に・・・」
元祖「別に・・・」は沢尻エリカじゃなくて森下くるみだからね

うんともすんともいわない森下くるみのデビュー作「うぶ」が3万本売れた。このクソおんなのAVが売れるんだ!?
今まで「潮吹き」でちやほやされていたが森下くるみの出現で自分の固定概念が崩れた。しかしそのおかげでその後の10年 男優を続けて来れた

加藤鷹が根を上げる森下くるみ | 加藤鷹公式チャンネル

そんな加藤鷹との出会いは森下くるみが17歳で初体験を迎える日までさかのぼる。

実は同郷の加藤鷹。森下くるみは初体験を迎える日に秋田の「竿燈祭り」(8月3日〜6日開催)に来ていた。

そこに白ジーンズのベスト・下はショートパンツ・赤のコンバースのハイカットを履いている黒い人物を目撃していたが、ちょうど1年後AV女優として再開することになる。

当時はAVもまともに観たことがなかったのでその人物が「加藤鷹」であることは知らなかったが妙に記憶に残っていたようです。

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